

心の良い状態を探したい
僕は、肩書きでいえば情報学研究者なのですが、やっていることは本当に幅広いんです。現在進めている研究テーマでいうと、まずは「ウェルビーイング」に関連すること。理性的に理解する情報だけでなく、身体で感じる情報を増やすことで、人々が「心の良い状態」を見つけるヒントを作りたいと考えています。例えば僕がいま共同研究している「心臓ピクニック」は、心臓の鼓動を手のひらで感じることができるツール。聴診器で聞く心臓の音とは全く違う、心臓の動きそのものを触覚的に体験することができます。まだ試験段階なのですが、ゆくゆくは医療や介護の現場で、そして日常生活のなかで、心の平穏を保つために役立つアイテムになるのではないかと思っています。
もうひとつは「発酵」の世界です。僕はもともと趣味でぬか床を育てているのですが、あるときインターネットの世界でたくさんの人々が活動している様子が、ぬか床の中で微生物がうごめいている姿と重なって見えてしまって(笑)。発酵のあり方と情報社会を重ねてみると、ネットの世界もこれまでとは違った見方ができるんじゃないかというアイディアを思いつきました。この発想がどこに向かうかはまだわかりませんが、コンピュータの世界に「発酵」の概念を差し込めたら、よりリアルな世界が作れておもしろいんじゃないかなと思います。
理系と文系の垣根を超えて
大学では、現代のテクノロジーを使って「まだ世の中に存在しないシステム」を学生たちの自由な発想から生み出すという授業を行っています。それぞれの学生が何をしたいかによって、やることも、作るものも変わります。理系か文系かというレッテルを貼らず、コンピュータの領域をいかにおもしろくしていくかを一緒に考えていきたい。僕はコンピュータの世界が好きなんですよね。嫌いだから変えたいのではなく、好きだからこそ、もっとおもしろくしたい。たぶん80歳になってもこういうことをやっている気がします。僕の研究分野では、仏教などの古くからある教えや考え方から学ぶこともたくさんありますし、最先端の技術やできごとにも触れることができるんです。たまりません(笑)。
博士な僕がスポックを履くと…!?
HARUTAは今年で創業100周年なんですね。発酵の世界で考えるとまだまだ若いですが(笑)、1世紀もの歴史を持っているだけで尊敬します。今回こちらのお話をいただいて、ドクターシューズというものを初めて知りました。スポックシューズは着脱が楽なのにスタイリッシュで素敵ですね。「ドクター」にはお医者さんのほかに博士という意味もあるので、博士号を持っている僕が履くとロールプレイっぽくておもしろいし(笑)、何より履き心地がよくて、本当に気に入ってしまいました。普段はスニーカーがほとんどなのですが、例えば大学でこれに履き替えて講義に行ってもいいなと。革靴はカチッとしたイメージですが、このシューズはフォーマルでありつつ楽なのが魅力だと思います。
( PROFILE )
どみにく ちぇん/1981年、東京生まれ。フランス国籍。東京大学大学院学際情報学府修士課程、博士課程修了。早稲田大学文学学術院・表象メディア論系准教授、株式会社ディヴィデュアル共同創業者、NPOコモンスフィア理事。松岡正剛氏との共著『謎床:思考が発酵する編集術』(晶文社)が絶賛発売中。
Twitter @dominickchen( MY ESSENTIAL ITEMS )
チェンさんが研究開発に携わった「心臓ピクニック」と、呼吸の状態がわかる機器「Spire」。「緊張や集中などの状態を読み解くことができるので、これを応用してコミュニケーションの改善やサポートができたらいいなと考えています」。
下:発酵にまつわる書籍たち。『謎床』は今夏発行された松岡正剛氏とチェンさんの共著。「人間の知性にとってのぬか床は『謎』なんじゃないかという思いをタイトルに込めました」。