堂々と前を向くための靴と生きる
文 梶山ひろみ

 ついこの間、3週間の長旅から帰ってきた。運良くお金と時間を工面できて叶った人生2度目の海外旅行。パリ、フィレンツェ、ウィーン、ベルリン、マラケシュを巡った。
 この旅を通して、私はひとつとても幸運な発見をした。それは、私は私を喜ばせる嗅覚を確かに持っているということ。これから先、再び訪れることができるかどうかもわからない遠い異国の地に行くのだから、がっかりはしたくない。出発前にガイドブックやインターネット、SNSにアップされる膨大な情報の中から、直感と地道な検証作業と想像力を組み合わせ、絶対に行きたい場所を絞ってみた。その甲斐あって、旅先では自分でも感心してしまうほど満足のいく時間を過ごすことができたのだった。

 大学を卒業してからの6年間、人の話を聞き、文章を書くライターの仕事をしてきたけれど、この、自分を喜ばせることができる嗅覚を絶対に粗末にしたくないと思った。この嗅覚があれば自分だけでなく、海外から日本へ、地方から東京へ観光でやってくる人たちの役に立てるような気もした。旅の終盤には「好きなことより得意なことを仕事にしてみるのはどう?」と自分に問いかけるようになっていた。

 帰国して数日後の夜、まずはやってみたいことのそばに身を置いてみようと思い立ち、観光にまつわる仕事を探しはじめた。午前2時を回る頃、ある求人記事にピンときて、旅行前後の出来事や心境を素直に綴り送ってみると、翌日に返信が届き、その翌日の面談を経て、1週間後には週に数日オフィスで仕事をすることが決まった。

 新しい仕事は次々と新しい気持ちや習慣を運んできた。絶対に寝坊できないぞという緊張感、「おはようございます」「おつかれさまです」の挨拶、疲れを癒すための納豆と旬の果物のまとめ買い。まっすぐ帰宅するのが味気なく感じられて、喫茶店で飲む珈琲があんなに沁みるということも一昨日知ったばかりだ。今まで関わる機会がほとんどなかった人たちとの出会いも増え、ハンガーラックの前で何を着て行こうかと佇んで悩むようにもなった。夏ならTシャツ、冬ならセーター、それにデニムやベイカーパンツを合わせ、足元はキャンバス地のスニーカーで過ごすことがほとんどだったけれど、どうやらこの先早々に胸を張れなくなる場面が増えそうだ。

  そうだ。まずは新しい靴がほしい。健やかに笑えるように気持ちを支えてくれる靴がいい。美しさと履き心地のよさは譲れない。ふと目線を落としたときに足先がすっきり見えるレースアップシューズか、それとも、脚の太さとのバランスがとれるタッセルローファーか。あとは真っ白なシャツと血色がよく見えるリップさえあれば、私はきっと堂々と前を向ける。

 次の土曜日は、心と体を前に前にと引っ張ってくれる、そんな革靴を探しに行こう。


梶山ひろみ
かじやまひろみ/ ライター。1988年熊本県生まれ。雑誌やWeb などでインタビューと執筆を行いながら、仕事と女性の生き方、親の反対と子の夢など、その時々で気になるテーマをかたちにしている。著書に『しごととわたし』(イースト・プレス)。
http://hiromikajiyama.com/